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May 09, 2004

マクドナルドの放題現場

 積極的にマクドナルドへ行く、ということはまずないのだが、出先で昼めし時に周りにマクドナルドが1軒のみ、という状況になると話しが違ってくる。仕方がないから行くのである。いいですか、繰り返しますよ「仕方がない」から行くのである。

 ワシントンにあるスミソニアン協会へ行ったときがそうだった。マクドナルドしかないのだ。いざ、マクドへゴー! 本場のマクドである。

 チーズバーガーとなんとかかんとか、というものを買う。値段は日本の場合と同じぐらいだったのだが、量が倍ぐらいあるのではないか、ポテトのSが日本のL並であった。さすが本場、と思ってしまったわけです。

 しかも、ドリンクが飲み放題だ。むかし小学校の校庭にあったような手洗い場、わかりますね、蛇口が5~6口ついているアレです。その手洗い場の蛇口をヒネルと、コーラとか、メロンソーダとか、コーヒーとかが、じゃばじゃば出てくるのです。客はそれを勝手にホーダイしていいのです。

 連れとふたりで、チーズバーガーを食いながらコーラを飲んでいたのだけれど、そのうちにコーヒーが飲みたいな、ということになった。我々はすかさずコーラのコップを持ってホーダイ場へ歩いて行き、ミネラルウォーター(商品)の蛇口をヒネってコップを濯いでから、間髪いれずコーヒーの蛇口をヒネったのでありました。いいのかなあ。(K)

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May 06, 2004

レトルトのカレー

 ベースキャンプ方式の登山にいったとき、当然みんなで自炊をするのだが、献立で必ず一食はカレーになる。ご飯は米を飯盒で炊き、カレーはレトルトを現地で温めるのである。このときレトルトのカレーを何にするか、ということについて、いろいろ好みが分かれるのであるが、ぼくがいつも持っていくのは『LEE×30倍』というもので、世界でいちばん辛いレトルトカレーである。

 もともと辛いカレーが好きだ、ということもあるのだが、山の上は気圧が低いので火力が弱くなり、飯盒めしがうまく炊けないという状況になるので、多少ごはんに芯があろうが、お焦げがあろうが、かまわずガシガシ食っていけるカレーとなると、これぐらい辛いほうがいいのである。

 それにしても、このカレーは辛い。

 ああ、辛いカレーというのは、刺激がまず目にくるのだな、と思ったのは、このカレーをはじめて食ったときのことでした。(K)

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May 04, 2004

そばきい

 実家のあたりでは蕎麦のことを「そばきい」と言っている。この「そばきい」の「きい」が何の意味なのか、実はよく知らないのであった。蕎麦を切るの「切る」かなあ。

 ぼくの知っている範囲でいうと、この「そばきい」は基本的に自分の家で作られる。母や婆ちゃんが作るのだ。実家のあたりでは蕎麦は自分の家で作るものだったのである。

 蕎麦というのはラーメンのように麺が長いものだったんだな、ということが判ったのは東京に来てからであった。というのも「そばきい」の麺(麺といえばだが)は短く、せいぜい5~10センチ程度だったような気がするからだ。どうもこのあたりは、基本的につなぎを使わない純度100パーセント蕎麦粉! といったところと関係しているようである。そして、すべてが「かけそば」であった。ザルや蒸篭といったものはないのだ。

 「そばきい」には庭のネギや、とろろこぶや、乾燥させたみかんの皮を刻んだものを入れたりする。今になってみれば、ずいぶん旨そうなものを食わされていたのであるな、と思うのだが、子どもの頃はそうは思わなかったのは「そばきい」が大人の味だったからだろう。

 今やっと「そばきい」の味がわかる大人になったのだなあ、と思うのです。(K)

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May 03, 2004

ウニ丼

 鹿児島の海でも潜ると結構ウニがいた。今思うと、あれだけウニがいたのに、なぜもっと捕って食わなかったのだろう、と思うのだ。まったく惜しいことをしたものだ。

 「ウニはじぶんの身をじぶんで食ってしまうから、目玉をつぶせ、そうだ目玉だ」などといいながら、捕れたばかりのウニの中心をドライバーでグサリと刺していたけれど、果たしてあれは効果があったのだろうか、よくわからないまま今日まで生きてしまった。

 二十代のころ会社の旅行で函館にいった。航空運賃がいちばん安い2月だったので結構寒かった。百万ドルナイトを一目観ようと登った函館山では吹雪だった。函館山に登ったことを今でも覚えているのは、この吹雪のせいだろうな、とヒソカに思っている。

 その函館でウニ丼を食った。結構いい値段だったのであるが、出てきたウニ丼を見た瞬間に、これが本物なのだな、と思ってしまった。ウニの量が丼に山盛りだったからだ。「惜しげもなくウニの山」といった感じだった。この経験以降、ぼくは関東一般の蒲鉾板的軽薄なウニ丼を軽蔑の眼差しで見るようになってしまった、ような気がする。

 北海道のウニ丼も花咲半島あたりにいくともっとスゴイのかも知れないが、それはまだ未確認のままだ。けれどもいずれ確認しに行こうと思っている。その時は友人が作った米と、ショー油と、飯盒と、ドンブリを持参して、そしてウニは現地で調達するのである。ここまで計画は出来上がっているのだ。季節はやっぱり冬がいいなあ。(K)

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May 02, 2004

鯛のあら煮

 父は磯釣りが好きだったので、若いころはよく一人で釣りに出かけていた。海べりにある磯屋の船で小さな島へ運んでもらい、そこで釣るのである。時には“夜釣り”と称して前日から泊りがけで出かけることもあった。まあ、いま思うと一家の大黒柱の骨やすめだったのだろう、と思うのだ。

 釣りの成果はいろいろだったが、ぼくらがいちばん嬉しかった魚は鯛だった。これは、あの真っ赤っかの真鯛ではなくて、黒ダイや石ダイといった名前の、黒もしくは黒っぽい鯛である。だから今でも鯛というと、こういった鯛を先に思い浮かべてしまう。

 家に持ち帰られた鯛は、刺身になることがほとんどで、白身の切り口がキラリと光り、身が締まっていてコリコリとした歯ごたえのそんな刺身になっていた。それともう一つ、あら煮だ。これがよく作られていた。鯛のあらからはよくアブラが出る。このアブラと味噌とショウガがうまく混ざった味で、これがまたご飯によく合うのだね。

 こんなルーツがあって、年に一度ぐらいだと思うが、スーパーで「鯛のあら 450円」なんていうのと、生姜を買って来て、発作的にあら煮を制作することがある。ままごと程度ではあるのだが、なかなか旨いので、まんざらでもないな、などと思っているのです。(K)

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May 01, 2004

卵めし

 子どものころ、運動会当日の朝、朝ごはんは必ず卵めしだった。速く走れるように、これを食べて力をつけていけ、といった母親の願いが部屋全体に充満した食事だったように思う。そして、口のまわりに卵の黄色をくっつけて、そのまま体操服で学校へ駆け出していったのである。

 そのころ親戚の叔父さんが「あのな、速く走るにはな、バフンを踏むといいぞ」などと教えてくれたりしていたのだが、ぼくの子どものころはもう馬糞がどこにでもある、という時代ではなくなっていたので、残念ながらこれは実行できずに終わってしまった。

 その朝ごはんの卵めしは、母がみんなのぶんを一気にドンブリで作っていた。ラーメンどんぶりにご飯をよそって、そこに生卵2ケを割り入れ、ショー油をかけてかき回し、出来上がったのを自分たちの茶碗によそってもらうのである。

 今夜、晩めしのおかわりで作った一人ぶんの卵めしを食いながら、そんなことを思い出した。ほんの少しだけ昔の、過敏症や花粉症などという言葉がまだ耳慣れない時代の、卵めしの味である。(K)

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